動画パートナー「野口靖 先生」

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信整館 野口整体院
院長 野口 靖(のぐち やすし)

1979年7月29日生 O型 しし座
青森県青森市出身
・飯田整体療院専門学院 卒業
・真体療術学院 在学中

座右の銘
・別れがつらいからこそ、出会いは素晴らしいもの。
・遠慮は成功を遠ざける

性格
・常に明るく、たまに落ち込むとすっごい落ち込む。でも立ち直るのも早い。
・美味しいものを食べると元気になる。
・調子に乗ると、なぜかすぐに怪我をする(笑)なので調子には乗らない。

好きなもの
・マンガを読む事、パソコンをいじる事、食べ歩き、温泉巡り

好きな食べ物
・唐揚げ、焼き肉、ステーキ、寿司、甘いもの全般(特に納得のいくショートケーキを探すことが使命!)

苦手なもの
・虫。とくに蝉。彼らの特攻魂にはいつも怯えています(笑)
・空腹。腹が減ると眠くなります。


・青森は短命な県なので、整体の力を持って長寿県にする一役を担う事。
・『身体痛いの?あ~だったら野口だよね!』と青森県民が口を揃えて言ってもらえる治療家になる事。

こんにちは!!

信整館 野口整体院『腰痛解消アドバイザー』の野口靖です。

私がこの仕事に就いたのは、皆さんと同じように患者さんとして整体を受けたことがきっかけでした。

野口靖のストーリー

1979年7月29日に青森市にて長男として生をうけました。

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小さい頃は毎月のように風邪をひき、内科に通う事が当たり前の体の弱い子供でした。
また怪我も多く小学校に上がってからは毎年のように骨折や骨にヒビ、ねん挫、などなど大きな怪我を一つはしていました。

小学校5年生の体育の時に柔軟体操をきっかけにぎっくり腰になり、整骨院へ毎日のように通うようになりこれが私の腰痛人生の始まりでした。

青森私立南中学に進学し、柔道部に入部。
さらに怪我が増え、ねんざなどは当たり前。脳震盪で1日記憶喪失になったり、手首の脱臼・骨折など大きな怪我も体験しました。

高校は県内柔道強豪校である青森県立青森北高等学校に進学。
さらに怪我は増え膝の靭帯を伸ばす、足の甲にひびが入る、腰が抜けたように痛くなり動けなくなったことも多々あり、怪我をした数は数え切れません。

いつも怪我をすると病院や整骨院に通っていたのですが良くなるのに一か月以上はかかるのが当たり前で、いつしか『体を痛めたら自然に治るのを待つ』という事しかないんだな・・・と思うようになっていました。

そんな時に人生初めての整体と出会いました。

当時出会った整体はいわゆるバキボキなもので、すっごく怖かったのですが、いつもなら1週間以上は痛い腰がその場で楽になったり、痛みで上げられなかった肩が上がるようになったり、曲がらなかった膝が曲がるようになり

『整体ってすげー!』

と驚き感動し興味も持つようになりました。

しかし当時は『整体は特別な人がやる仕事』と思っていたので、『柔道教えてみたいしなぁ』という軽い気持ちで高校教員を目指し大学に進学を決めました。

推薦で福井県の大学に進学し柔道を続けていたのですが、そこでもやはり体の故障は尽きる事がなく、はじめのうちは整骨院通いをしていました。

しかし一度整体ですぐに楽になってしまう良さを知ってしまっていたので、徐々にいろいろな整体を捜し歩くようになったのですが、結局満足のいく整体院を探すことはできませんでした。

そんなある日、友人の紹介で私の師匠である『飯田整体療院』の飯田信之先生と出会いました。

飯田先生の整体はストレッチのような整体で、はじめは『こんなので本当に効くのかな?』と半信半疑だったのですが、終わってみると今までのバキボキ整体では感じた事がないほどに絶好調になり

『これなら僕のように整体が怖いと思っている人にも安心して受けてもらえる!』

と、私と同じように痛みに悩む人を助けたいと思い整体師になる事を決意しました。

大学を卒業後、整体を学ぶ資金を貯めるために当時バイトをしていた店に就職。
毎日毎日重いものを運ぶ仕事で小さいぎっくり腰を何度か繰り返しては飯田先生のお世話になるという事を繰り返していました。

そして、忘れもしない2001年7月29日の夜、重い荷物をトラックから降ろしていた時に『ギクッ!』と大きな音が聞こえ、今まで感じたことのない激痛が腰に走りました。

何度もぎっくり腰は体験していたものの、あまりにも痛みが強すぎたために普段は行かない整形外科で検査することにした結果は、2か所同時の腰椎椎間板ヘルニアで、1ヶ月間の牽引療法をしても効果がなければ手術と宣告をされました。

病院からもらった痛み止めは全く効かず、シップ薬も気休め程度、コルセット巻いても立っていることが困難で、1か月続けると言われた牽引療法もやればやるほど腰は痛くなり、寝ることも座ることもトイレに行くのも全てが苦痛でした。

あまりにも辛く、わらをもすがる思いで飯田先生に電話をしたところ快諾をしてくれ整体を受けることにしました。

その時の私は体を左側に曲げていないと立てず、車の乗り降りに5分もかかるような状態で、歩くことがまともにできない状態でした。

しかし、そんな状態でもたった1回整体を受けたことでお辞儀も出来るようになり、なんとたったの4回の施術で完全回復となり椎間板ヘルニアの痛みからは解放されました。

『やっぱり整体って凄い!』

そう思い、改めて整体師になる決意を強めました。

その後、仕事を続けながら勉強資金を貯めて2006年11月に入門し、翌年9月に卒業。
より技術を向上するために2009年3月まで週1回の休みをすべてを使い勉強するために先生のもとで修業を続けていました。

2008年12月に入籍。
2009年3月に妻とともに青森に帰ってきて新しい生活が始まりました。

2009年4月に現在の治療院のである青森市西滝に『信整館・野口整体院』を開業し、
私と同じように
『病院に行っても良くならない人に良くなって元気になってやりたい事を気兼ねなくやれるようになってもらいたい!』 という信念のもと整体をし続けていました。

しかし、患者さんが増えれば増えるほどに自分の力不足を感じる場面も出てきました。

改めて福井県まで師匠に会い勉強をしたり、神奈川まで夜行バスを使いカイロプラクティックの先生の所に勉強しに行ったり、秋田の横手市まで神様と呼ばれている先生の元へ行ったりとあちこちに行き勉強を続けていました。

そんな中、本当に奇跡的なタイミングで現在の勉強をさせて頂いている、とある先生に出会いました。
『最速・最善・最高の施術』
という今まで出会った中でも飛びぬけてすごい奇跡のような整体を体験し、即座に入門することを決意。

今まで改善することができなかった腰痛や体の痛みが嘘のようにすぐに楽になり、より患者さんのお役にたてるようになってきました。

現在も月に2日以上の勉強会に参加して腕を磨いています。休みといえば勉強会です。

『病院に通っても良くならない痛みを取り除いて毎日ラクに過ごしてもらう事』 が僕の使命です。

『10年後までに青森の腰痛患者を1万人診る!』
という目標に向かって、現在奮闘中です。

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